漆黒の有田焼 青木清晃のお猪口 青木龍山3代目

有田焼といえば、真っ先に思い浮かべるのは、透き通るような白く薄い磁器に、青や赤で彩られた細やかな模様の焼き物だ。

現在は伊万里焼と有田焼は区別されるが、昔は有田までひっくるめて伊万里焼だった。そのため現在では昔の有田焼のことは古伊万里と呼ばれている。いつかは素敵な古伊万里を手に入れたいが、今はまだ買えない。だけどやっぱり一級品の焼き物を眺めるのは楽しい。中でも上有田という土地には、古き良き古伊万里の素敵な磁器と現代の有田焼があふれている。

 

 

僕はこの春、上有田まで電車で行ってお猪口を買った。

それは天目という真っ黒な釉薬を使った、ステレオタイプで想像される有田焼とは似ても似つかないお猪口だった。

 

 

青木龍山という巨匠

上有田に行くまで知らなかったのだが、有田焼という(もはや)文化で、この上有田は青木龍山という文化勲章受賞者を輩出している。その青木龍山は、なんとあの透き通るような白い有田焼ではなく、その真逆の真っ黒な釉薬だる天目を得意としていたのだ。

透き通るような陶器の有田焼で、唯一の文化勲章受賞者が作っているのが真っ黒な天目というのはとても皮肉だが、この天目という釉薬はとても奥が深い。

 

 

 

 

曜変天目という奇跡

青木龍山は天目という釉薬を使っていたとさっき書いたが、天目という釉薬はとても魅力的な釉薬だ。天目の魅力について知って頂くために、こちらを参照して頂きたい。天目という釉薬は時として変貌し、曜日天目となる。曜変という現象がなぜ起こるかについては未だ分かっておらず、実際に現存する曜変天目茶碗というのは3つしか無いらしい。それも徳川家光から受け継がれてきたものであったり、時の将軍たちも曜変天目茶碗を好んでいた事が分かる。

そんな曜変という奇跡もこの天目という釉薬の魅力である。

 

3代目青木清晃の可能性

青木龍山は生涯に渡って弟子を取らなかったらしい。そしてそのまま亡くなってしまう。息子の青木清高が作風を引き継いでいたが、息子も早死にしてしまう。そして今、残った孫の清彰が現在では青木龍山の手法を復活させようと頑張っている。そして、僕はその青木清彰の器に有田で出会った。

僕には焼き物を見る目なんてないのだが、青木清晃のお猪口を手に取ってみると、お猪口の下の釉薬が塗られていない磁器が丸出しになっている部分すごくツルツルしてて、これはきっといい仕事に違いないと思い、それで買った。ツルツルしてるのがいいか分からないけれど、丁寧に作らなければこうはならないという感じがした。このツルツルの手触りに浸っていると、この1個のお猪口の下にある幾つもの失敗作が透けて見えるようで、それで買った。

 

 

青木清晃のお猪口

実際に使ってみると、このお猪口はとても不思議な色だという事が分かった。見る角度によって、本当に色々な模様が見える。実際に暗いところだと暗い器なのだけれど、光にかざすと模様が見えて、それがとても綺麗だ。どこかの山脈のようにも見えるし、何かの模様のようにも見える。

いろいろと見る角度によって表情が違うので、見ていて楽しい。

 

 

この若い陶芸家の器には、きっとアラはあるのだろうけれど、とても気にいっている。大切にしたい。

 

 

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